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『勝手にしやがれ』(1959/仏/ドラマ)
2006 / 10 / 04 ( Wed ) 17:32:02
ネタばれ


「A Bout de Souffle」と「勝手にしやがれ」から受ける観客の視点の相違


作品のあらすじ《「勝手にしやがれ」ジャン=リュック・ゴダール》
自動車泥棒をしながら生きているミシェルは、パリへ向かう途中警察官を射殺してしまう。
そのままパリへ行き、恋人のパトリシアを訪ねる。
彼女はヘラルド・トリビューンの新聞の売子でアメリカ生まれで、ソルボンヌ大学に留学している。その間も自動車泥棒をしたり、金策したりと自由気ままな生活を送っていた。しかし、警察の手が徐々にミシェルへと伸びてくる。
それまで全くミシェルの正体を知らなかったパトリシアは新聞で彼に殺人の容疑がかかっていることを知る。それから彼女はミシェルに協力して彼を逃がそうとする。
もう少しで警察の手から逃れられるというところで、彼女は「警察がもうすぐここに来る」とミシェルに警察に通報したと報告する。
「一緒に逃げよう」と言うベリユッティに「もう疲れた」と言い、その場に残ることに決めたミシェルは駆けつけた警察官に撃たれ、最期にパトリシアに向かって「なんて最低だ」と言い残し、死ぬ。
パトリシアは「最低って何のこと?」とミシェルの生前の言葉を呟き、映画は幕を閉じる。


 ジャン=リュック・ゴダールが1959年に発表した作品「A Bout de Soufflé」は、その画期的な手法から映画界に大きな影響を与え、またその後のルイ・マル、フランソワ・トリュフォーらが続く、ヌーヴェル・ヴァーグ時代の幕開けと言われた。
この映画は日本でも、1960年に邦題「勝手にしやがれ」で公開された。原題は日本語に直訳をすると、「息絶え絶え」もしくは「息切れ」といった意味になる。
英題、また近年ハリウッドでリメイクされた作品も「Breathless」というタイトルであり、原題に即した形となっている。かねてより、邦題の付け方に異議が唱えられることは多々あった。
この映画の題名にしても、原題と邦題ではかなり受ける印象が違う。
題名は映画において重要な位置を占める。何故なら題名はその映画の第一印象を決める。観客は題名を見てその映画がどんな内容か、どんな雰囲気を持った映画か、面白そうかどうかを判断するからだ。
また映画を見ている間、見終わってからも、題名はその映画の印象を左右する材料になる。その題名が何を表しているのか、制作側は何を訴えたかったかを観客は推測する。
制作側の一番訴えたかったことが表れていることも少なくない。
そういった題名で原題と邦題との差が観客の視点へどれだけ影響するのだろうか。

 邦題「勝手にしやがれ」は主人公ミシェルの劇中のセリフから取られていると推測できる。ミシェルは、開始5分付近、パリに向かう途中でカメラに向かってこう言う。
「海が嫌いなら、山が嫌いなら、都会が嫌いなら、勝手にしやがれ!」
このセリフは彼の気性を示すため、また彼のラストの無常観、退廃感とのコントラストの鮮やかさを強調する事に一役買っており、重要なセリフである(しかし、ここの訳は実はかなりの意訳で全く違うことを言っているという説もあるのだが、何分私が、仏語が不得手なために確かめることは出来なかった)。
勿論この邦題が彼のこのセリフのみを示すだけではないが(実際にはそれより発生する結果に対するアイロニーになっている、つまり邦題はこのセリフを冠することにより彼のラストへ向かう行動、そしてラストシーンに対して皮肉的なスタンスを取っている)、日本人がこの映画を見たときの印象と原題である「息絶え絶え」から推測される作品の印象との間に差異があるように思える。
日本ではこの映画が当時の流行の先端を行くフランスの、お洒落な映画として受け入れられたのではないだろうか。
技術の点での衝撃も勿論あっただろうが、小粋なスーツ、コート、帽子に街角でたばこに火を付ける仕草、自分勝手に振る舞い、カメラに向かって「勝手にしやがれ」などと傲岸不遜極まりない言葉を発する。
この姿が日本人の目には「最先端の流行、格好良さ」に映ったのではないか。この邦題はちょうど日本での当時の状況、太陽族(石原慎太郎)、暴力教室など価値観の喪失を反映されたとも言われている。
また、当時としては画期的な手法を取り入れ、映画界に革命を起こしたこの作品の意気の良さ、ヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)という名の通り、「最も独創的な、すなわち最も非模範的な映画作家」(ジャック・リヴェット)の息吹を伝える効果的な邦題であることは確かである。

 しかし、「勝手にしやがれ」に注目することにより、観客は良くも悪くもミシェルに寄ってしまう。
私はこの映画は登場人物、とりわけミシェルには同調することなく、一歩引いた視点で見ることが正しい位置だと考えている。
ゴダールが描きたかったのは、矢張りラストシーンのミシェルの「息絶え絶え」の姿であると思うからだ。
彼は、警官に撃たれた後、一分近く走り続ける。それはまさに「息絶え絶え」に走り続ける。
私はその姿が、彼の人生に重なっているように感じるのだ。
ミシェルは自動車泥棒を繰り返して生きている。作中で「ボギー」と呟いたように、ハンフリー・ボガートに憧れた男は、女性に対して不作法なドン・ファンであろうとする。
 しかし、その生き方は常に何かに追われているような、決して彼に安定をもたらす生き方ではなかった。冒頭、彼はカメラに向かって「勝手にしやがれ」と言う。
このセリフは、彼の気性と言うよりも、こうにしか生きられない虚勢ともとれる。根無し草のような生き方は、責任を伴わない代わりに、心の安定も得られることもない。
その後のアメリカン・ニュー・シネマ、特に西部劇のカウボーイに代表されるような生き方とも言える。居場所を持たないミシェルは、居場所を求めてパリへとやってきた。
彼は作中パトリシアに何度も「ローマへ行こう」という。これは彼なりの安定を望んだセリフだったのではないだろうか。
愛する女性とローマで暮らす。これが彼なりの夢だったのではないだろうか。
彼は常に何かから逃げているようだった。
勿論、それは彼を追う者であり、それは自動車の持ち主であったり、警察であったりする。
しかし、それだけではなく、彼は人生からも追われているようだった。それは彼のラストシーン近くのセリフ、警察がもう間近に迫った時、現金を持ってきた仲間、ベリユッティに「一緒に逃げよう」と言われたときに「いや、俺はここに残る。俺はもう疲れた」からも伺える。
彼は警察から逃げることに疲れ、そして何かに追われ続ける人生にも疲れたのだ。
彼は自分で選んだとはいえ、追われ続ける人生を送ってきた。
ラスト、致命傷を負ってからも一分近く走り続けた姿は、彼の人生の凝縮であったのではないか。彼はパトリシアに向かってこう呟く。「何て最低だ」これは、彼自身の人生に向けられているとも取れるが、矢張り自分の人生に終止符を打ったパトリシアに向けられた言葉と考えるのが自然であろう。
そのセリフを言う彼は不思議と穏やかな顔をしている。
これは、逃げ続けた彼の人生でやっと、休める場所を見つけた。心の平穏をやっと手に入れたという事なのではないだろうか。
ある意味では、彼は自分の望んだところへ行けたと考えられないだろうか。

「勝手にしやがれ」のセリフを注目し、タイトルにまで使ってしまうなら、上記のような解釈とは異なってくる。
邦題の通り見るならば、彼がカメラに向かって言ったセリフの通り、彼は「勝手に」生き、「勝手に」死んだ、自分の生き方を全うした男の物語となる。
そう見ると、この話の物語はあまり意味をなさなくなり、観客はこの物語を構成するその他の道具に注目するようになる。
確かにこの映画は時代を十分に反映している。
おそらくゴダールは時代を描くことも目的であっただろう。しかし、矢張りそれだけだとは思えない。
「勝手にしやがれ」という邦題は「勝手に」生きる、1950年代の若者の姿(それは時代に組み込まれているもの)を現出させる。
「息絶え絶え」というセリフは、彼の悲哀さえも伴う生き方を描いているように思える。

勿論、ゴダールが実際に描きたかったものは違うかもしれない。
ただ、ゴダールが「あの題名は撮影しているうちに見つけたものです。でも、時代を先取りしているなどという考えはありませんでした。68年5月革命の10年も前に撮影したものですから」と語っているように、少なくともミシェルがカメラに向かって言ったセリフがそのまま題名ではないようである。
ミシェルは中盤、パトリシアに「傷心と虚無、どちらを選ぶ?」と質問され、虚無を選ぶ。
しかし、ラストの彼の表情とセリフから、もしかしたら彼は最後に傷心を手にしたのかもしれない。そうだとしたら、非常に不器用な生き方をした人だとも言える。
そしてそうだとしたら「息絶え絶え」という題名がラストの彼に相応しいように思える。


------

昔書いた文章ですが、調べるのがめんどくさくて「戦争」という事実を無視して書いてしまいましたが、この映画に大きく作用していることは間違いないです。
そんなわけで、ミシェルは敢えて、戦争から目を背けている、わざと無関心を装っている。
強い戦争に対する意識も根底にはある。もしかしたら、戦争の結果このような波が生まれたのかもしれないし、ミシェルのような若者が生まれたのかもしれないですね。

映画はとてもおもしろかったです。矢張り、何だかんだいっておしゃれだし(勿論これも彼らを表すに重要な小道具だし)、飽きさせない工夫はそこかしこにしてあるし。
思わせぶりで、意味の判らない(意味など求めていない)空虚な科白も非常に魅力的。実は正反対と思っていた、社会性を失った(ある意味でこの映画も社会性を全く持って無視しているけれど、ここでは名前とかそういう話)お話と一線を画しているかと思ったけれど、実は似ているのかもしれない、とふと思いました。
何だかんだ言って、やっぱりとても興味深い映画です(監督が適当に撮ったのだとしたらそこも含め)。


★★★★☆(ビデオ)
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『グッバイ、レーニン』(2004/独/ドラマ)
2005 / 12 / 27 ( Tue ) 02:06:16


再生の鮮やかさ


ネタバレしてます

何て言うか全体的に中途半端な感じが否めない気がしてしまう
元々私はドイツびいきだったりして、そしてこの映画に対してもとんでもない期待をしてしまっていたりした訳なのだけれど
アイディアとかそういう点から行くとこの映画は非常に秀逸なのだけれど、その浄化の仕方がイマイチといったらイマイチかな
私はあれですよ、もっとすっきりした誇張した感じのからっとしたコメディを考えていたわけです(それこそノッキンオンヘブンズドアの前半のような。この映画は最高だったからね。明るく描いている前半から死という重いテーマの描き方、そしてラストシーンへの移行の仕方)
というか、そうしちゃってもよかったんじゃないかと思います
でもそうするにはもしかしたらこのテーマでは出来ないのかも
スタッフがドイツ人で
どうしたって、彼らは当事者な訳だから、私情やらなにやらそれ自体をまるっきり舞台としてだけで描けないんじゃないかと思うのですよ
事実、この映画は少し政治的描写が多いんじゃないかとも思うのです
私は青年の母親への愛、そして家族への愛を描きたいなら、彼が母親にショックを与えないようにがんばるそれ自体を、もっと大げさな誇張した部分で、それをさらにばかばかしく描いてほしかった
重く描かれたらこの映画見ていられなくなってしまいますから
それでもこの映画は私結構好きです
アイデンティティを失いかけた東ドイツがもしかしたら主役なのではないかとも思いました
それは東ドイツ人を含めて
でも、主人公の一番の親友は西ドイツ人だったりして
そんな細かな描写がちょっとほんわかしたりして
本当は彼自身がこうあってほしいドイツの姿を作り上げたわけで
そして、この映画を見ていて一番伝わってきたのは、アレックスの母親への愛情ではなく、どちらかというと母親の息子への愛情が伝わってきました
おそらく母親は見守った
子どもの愛情は時に押しつけがましく、独りよがりになりがちです
それをすべて受け入れて、あえて何も言わず、母親は天国まで持って行った
彼女が自分の命を賭けて、主人公の気持ちにくんだ
このラストはかなり好きです
結局ね、結局本当に母親の愛とはすごいものです
ちょっとした小さなエピソード、特に友人と一緒に作り上げるテレビ番組なんかは実にほほえましかったです
ドイツならではのほんわかした温かさも感じることが出来ました
少し、暗かったけれども
もしかしたらそんなとこも含めてこの映画は実にドイツ映画らしいドイツ映画なのかもしれません

彼の作り上げた理想の世界はもしかしてただの理想論ではなかったのかもしれない
もしかしたら将来ドイツがたどり着いたかもしれない姿かもしれないし、もしかしたら東ドイツがたどり着いていた社会主義の世界かもしれない
ラストの家族の再生(気持ちではなく)の物語と同時に鮮やかに再生するドイツの姿は少なくとも私の気持ちの中ではそれが本物になった
そして母親とアレックスの心の中でも
それが鮮やかで、いま鳥肌に襲われているところです


★★★☆☆(2005.1.5/DVD)


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『キャメロット・ガーデンの少女』(1999/英・米/ドラマ・ファンタジー)
2005 / 10 / 16 ( Sun ) 16:55:00
ネタバレしています

私の中の隠れた名作 矛盾もなにも全てをおいて
この世の中に、カラーがあることに幸せを感じてしまうラストの映像
二人のふれあいがまた可愛らしいし、憎めない
レオンよりも実はこっちの方が好きだったり
日常的非日常の二人の関係がとても良い
終わりの展開も私は好き 鳥肌が立ちましたもの
また曲が最高に美しい トレントの最後の表情も切ない
サム・ロックウェルがとにかく魅力的で
夢のような、切ない爽快感をもたらす、ちょっと残酷なおとぎ話


キャメロット・ガーデンの描き方とか何を象徴していたのかとかいろいろ批評は判るのですが、それでもわたしはこのふたりに、このふたりの関係を大事に思いたいのです


★★★★★(2003/ビデオ)
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