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アカデミー賞を終えて
2006 / 04 / 02 ( Sun ) 02:55:36
ああ、そう、きっと美しすぎたのだ。
アン・リー監督の「ブロークバック・マウンテン」がアカデミー賞受賞を逃した。
一時は受賞確実とまで言われた。
アカデミーの歴史を確実に変える一作と称えられた。
その奇跡的であるはずだった作品はすんでのところで栄光を逸した。
もしかしてそれは、良かったのではないだろうか、と思う。
アン・リー監督の作品は、いつも並々ならぬ純粋さが目にとまる。 

主題はいつも複雑だ。
現代家庭問題であったり、アメリカの南北戦争であったり、そして同性愛であったり。
登場人物も何かしらはずれた人物像だったりする。
けれど、それを包み込む演出がこれでもか、というほどまっすぐなのだ。
それが彼の作品であり、感嘆すべきところであり、そして物足りなさ、でもあった。
ゲイのカウボーイ同士の恋愛、という主題はセンセーショナル的、でもある。
けれどアン・リー監督は、おそらく自分でも言ったとおり、まっすぐな愛情を描きたかったのだろう。
そしてきっとそれは間違いなく素晴らしい作品に仕上がっていることだろう。
それはきっと美しすぎるほどに。

彼の作る作品のもう一つの特徴は情景描写の美しさ。
登場人物や主題にあるセンセーショナルさをすべて包み込む完璧なまでの美、だ。
美術の世界では完璧な美は存在しない、と認識されている。
どこかしら不完全なものが美しい、と賞賛されるのだ。
ミロのヴィーナスが世界史上最も美しい彫刻と言われるのも、その欠けた両手のためである、というのは周知の事実でもある。
人間とはなんとも不完全であり、それを投影するかのごとく不完全なものに限りないロマンを感じる。
限定されてるが故、おそらく完成、という名で美が限定されることを嫌うのだろう。
スペインの巨匠ガウディによるサグラダ・ファミリアを見ても同じ事が言えるかもしれない。
アン・リーは希有の才能を持った人物だ。
彼の作り出す美は完璧なまでに完成されている。彼のウィークポイントといったらきっとそこなのだろう。
完璧すぎる美は、どこかしらリアルさを失う。
何故なら完璧な美はこの世に存在しないはずだからだ。
美を求める割に人は醜との対比を好むのだ。
だから、アン・リーは受賞を逃す。
美しすぎるが故に、夢物語になってしまったのだろう。
けれどそれでもいい気がする。
それがいい気がする。
美しすぎる作品に、アカデミー賞という大衆による賞は似合わないものだ。
完璧すぎる作品の唯一の不完全な部分。
それが、アカデミー賞を逃したという事実。
この事実を持ってこの作品の完成を見た、とも言えるかもしれない。
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