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大学
2005 / 10 / 22 ( Sat ) 03:35:23
大学の授業って、本当に基礎の基礎しかやらないなあと心から思います
特に教養系はすごいものです
でもそのおかげであまり覚えることがなくて助かっているのだけれど
つまり大学の勉強のレベルがそこだということなのだろう
専門的なことを勉強するための基礎知識という・…
大学院以上まで行かないとそれほどしっかり研究というものはできない気がする
というかそれほど絵画とかクラシックとか哲学とか宗教とかを雁首そろえて基礎の基礎を教わる必要があるのかなとか思ってしまう…

今日先生も仰有っていたのですが、「戦後に比べて複製技術も発達し、それどころか生で芸術にふれあえる機会が増えているのに、行こうという明確な意志がないと行かないところに問題がある」と
これはハイカルチャーとの分ける線が最近は地方都市と、都心(ではなくてもいわゆる都会)になっているという話でしたが

普通に生きているだけでも、大学でやるくらいの教養は身に付いてないだろうかと思ってしまうのは、わたしが環境的にも恵まれていたとまでは行かなくても、まったく恵まれていないというわけでもないからなのだろうか…

どうしても気になるのが、その学部や学科を志して、たとえばフランス文学だとして、デュマもテグジュペリも読んでいない プルーストの名前を知らないというフランス文学専攻の学生の状況に非常に驚いた一年時のわたし
それにやけに憤慨したのはわたしが受験を失敗して、志す欧文化系に行けなかったせいですけれど
興味があれば基礎くらいは高校までで固められるよう・な気がしてしまう 普通に高校までの勉強を知っているだけでも充分な面はある(大好きだった世界史の知識はほとんどに使える!)

まあ、これが恵まれすぎるが故の傲慢さというか、ほぼ半数に近い人数が大学に行くという現状の表れというか、大衆文化の発達の歪みというか(とは言ってもわたしは大衆文化というくくりはあまり好きではないのだけれど)
その辺りが現れた結果なのだろうか

それでもその授業の後、女の子達が思いだしたらしく「魔王」について話していたのですが、本当に記憶に残るのは少ないとはいえ、学校で触れるというのはある程度のきっかけを提供できているのかもしれないので、無駄ではないのかもしれませんね
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