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バンクーバーフィギュア男子シングル2:4回転そして、新採点
2010 / 03 / 18 ( Thu ) 02:16:12
フィギュアスケート。
本来なら単純な肉体の限界に挑むスポーツ界において、それは芸術スポーツとも呼ばれる。
肉体の限界に挑むと同時に、芸術面も高く求められる。
スポーツでありながら、同時に芸術的でもある。肉体的に秀でているだけでも駄目、芸術面に秀でているだけでも矢張り駄目。
その両方が必要であり、そしてその両方のバランスが重要になってくる。
スポーツ界において、少々違った位置づけに来るだろうその競技。

フィギュアスケートにおいて、種目は4つ。
アイスダンス、ペア、女子シングル、そして男子シングル。

アイスダンスでは、氷上の舞踏会と呼ばれる、その通り、ダンス要素を競うものになる。ただ滑るといった本当に基本的なスケーティングレベルの高さを求められる。
ペアでは二人ならではのリフトやスロージャンプなどのダイナミックさが見どころだ。
女子シングルは、女性ならではの優雅さと美しさ、それはスパイラルなどに集約される。

では、男子シングルは何が見どころなのだろうか?
それは矢張り、男性ならではの力強さ、フィギュアスケートはスポーツなのだ、と見てる我々に強く印象付ける力技が見どころなのではないか。
そして、それは勿論、ステップスピンなどにも色々な面で出てくるだろうが、特筆すべきはジャンプのダイナミックさに集約すると言って過言ではないだろう。

フィギュアスケートの歴史を紐解いてみよう。
今ジャンプの要素として得点を得るジャンプの種類は、アクセル、ルッツ、フリップ、ループ、サルコウ、トウループの6つ。
この中で一番歴史の古いアクセル(多分。ちゃんと調べてないです)。
1回転アクセルが跳ばれたのが、1882年。
名前の由来にもなっているアクセル・パウンゼンが跳んだのが始めとされている。
1900年前半、続々とその他5種類のジャンプも生み出される。
1920年代には2回転が、1950年代には3回転が生み出され、そして1988年、カート・ブラウニングにより、ついに4回転が初めて跳ばれる。
フィギュアスケートがスポーツ競技となってから、およそ150年以上が経とうとしていた。

このジャンプの進化こそが今日為すフィギュアスケートの進化に他ならない。
そしてその新しいジャンプを生み出したのは、回転数を増やしたのは常に男性選手によってだった。
当然のことだろうか。
当然だろう。
結局女性より男性のほうが筋力に勝る。それだけの話だ。
身体能力が勝れば、新たな技が生み出されもするだろう。
筋力が勝るのが男性であるならば、競技を更に上のレベルへと押し上げるのも、矢張り彼らによってでしかあり得ない。
ならば。
男子シングルの見どころは、この競技の限界を常に超える、越えようとするものでなければならない。
それこそが男性ならではの、唯一無二の特徴であると言えるだろう。

今大会、金メダリストのライサチェックは「フィギュアスケートとはジャンプではない」と言ったという。
わたしはこれを翻訳の間違いと信じたい。
フィギュアスケートがジャンプだけではないことはだれもが知っている。
だが、もし男子シングルにとっても、フィギュアスケートがジャンプではないならば、それが真理であるならば、この競技の進化は止められたと言うに近い。
他のエレメンツはどうであろうと、ジャンプの進化につけては、男性にのみ与えられた特権であるとも言える。

4回転時代。
この時代はこの限界に挑戦し続けた時代でもあった。
確かに、ジャンプのみに集約された感は否めない。だが、その演技に誰もが夢見ることができたと思う。
4回転が夢だった時代があった。
それが当たり前になった時代があった。
ならば、もっと先へ。
常にそうであってほしいと願うのは、余りに傲慢なのだろうか。

ブライアン・ジュベール。
新採点の波の中で、唯一4回転を貫いてきた選手。
4回転への異様なまでのこだわり。
ただ一人、その与えられた才能をさらに上へ、というその方向に注ぎ込んだ選手。
今の時代では少し彼が異質に見える。
そんな今がとても悲しい。

はっきりと言おう。
スポーツ、では語弊がある。
競技として見るならば、4回転とは必要不可欠のものではない。
今の採点システムであるならば。
選手たちに非は当然、ない。
彼らはスポーツ選手と言う前に、スポーツ競技者であるからだ。
なら、その競技でいかに勝てるかを、研究する。
勝ち方を考える。
その結果が、ライサチェックの金メダルだ。
何一つおかしな話はない。
その中でライサチェックは完璧に勝てるプログラムを作り上げた。
ライサチェックも4回転は跳べるのだ。
4-3を競技界で跳んだ姿を見た観客も多いだろう。
トップの選手は皆4回転を、跳べる。
なら何故跳ばないのか。
跳ばない方が勝てると判断したからに他ならない。
そして、そう判断せざるを得ない採点システムがそこにはある。
このシステムでは、4回転はエレメンツの一つに過ぎない。
入れるのか、入れないのか、それはただの勝つ為の手段を選ぶもの。
このシステム。
元はソルトレークシティでの不正疑惑により、誰もがわかる採点システムにしようと生み出されたものだ。
わかりやすく、エレメンツごとに基礎点をつけ、失敗したらマイナス。
うまくいったならプラス。エレメンツは質が高い方がいい。
その結果、4回転時代にフィギュア界を覆っていた、4回転に対する意味は、無くなった。

4回転とは一体何だったのか。
それは、恥ずかしい言い方をするなら「夢」に他ならない。
一体、人間はどこまでの高みに達することができるのか?
その現在の答えが4回転だった。
あの時代、4回転半を練習している、といった選手がいた。
4回転が跳べるならもっと先へ。
いつかは5回転も跳べるようになる、とあの頃は普通に思っていたことだ。
競技に夢は必要ないのかもしれない。
勝つことだけが目標であるならば、不必要な部分かもしれない。
だが、大げさな話をすれば、人間はいつだって夢を見ることが大きく飛躍したはずだ。
月に行きたいと願わなければ、月には行けなかった。
空を飛びたいと思わなければ、ライト兄弟による飛行機の発明もなかった。
限界を超える。越えようと努力すること。新たな高みに辿り着くこと。それは矢張り代え難い。

プルシェンコと同じくブランク明けの高橋。
彼には素晴らしい表現力とステップがある。
FSの冒頭、迷わず4回転を跳んだ彼は、派手に転倒する。
それもDGでの転倒。このジャンプの基礎点はほぼ、ゼロ。
もし、4回転を回避していれば、今回と違った結果が出ていたかもしれない。
高橋は、銅メダルが決まってすぐのインタビューで、アナウンサーの「最初に4回転を入れたのは金メダルを狙っていたからか」の問いかけにこう答える。
「金メダルは狙ってました。ただ、4回転を入れてパーフェクトにこの大会を滑るというのがこの大会の目標でした」

酷く嬉しい言葉だ。


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