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救われたくないもの
2005 / 12 / 10 ( Sat ) 00:35:31
あ~あ、まったく何だか救われちゃったな~
でもこの救いはきっとわたしにとって嬉しくないものなのだろう
それは概念的にとか、外観的にとか、世間的に、とかではないんです
いわば、わたしのエゴとしての、部分にとって
わたしを今、支えているもの 
そこに多分、…それはものすごく今のわたしにとって憎悪の対象であって、葛藤の場であって、苦しくて捨ててしまいたいものなんだけれど、それに救われていると言う部分も否めないものなのだ
とんでもなく甘えている部分であってわたしの中でとんでもなく醜いもので、そして眼をそらしたい部分
でもそこには”自分かわいい”という精神が煮詰めたシロップのようにどろどろになって詰まっているのだ

捨てられる、に越したことはない それはそうなんだ
いつかは捨てようと、そう思って生きてきた
いつか、これに頼らず生きていけるように、と
これっていうのはこの葛藤だ この苦しみがわたしをまた生かすのだ
だからそれが昇華されてしまったら、ちょっと困ったことになるのだ
ある意味で、わたしの隠れ蓑、の部分が消えてしまう、ということにもなる、のだ
それで世界と向き合える程わたしはてーんで強くない
それでこれでいいのだ、と開き直れる程、わたしはとっても勇気はない
それですべてに敵対しているように見せておいて、実際に対立するなんてそんな信念はまるで持っていないのだ
あ~あ、まだしばらくこれで良かったのに
まだ立場に甘えて、自分の殻に閉じこもって、世界なんて見ないでさ、全くのひとりにならないっていう絶対の後ろ盾でもって、他人を拒絶して生きて行きたかったのに

なんだかすこしわだかまりが解けてしまったよ

高校生のわたしは恐ろしいことに純粋だったのだろう、と今思う
結構本気で自分を犠牲にしても他人を優先しようと、普通に考えられていたのだ それはもちろん、わたしが非常なるエゴイストであって、そして盲目的に世界を見ていなかったから、だ
けれどその表面的な部分、自己犠牲の精神だけを大事に取り出して(だってそれ砂でできてるもの!)、綺麗に見せかけてさ、神格化しちゃったものを根底に置いてみて、その時より劣っている今の自分という虚像を作り出して、それに酔っていたのだ

知ってた知ってた! 抜け出したいなんて言って本気でそんなこと考えては居なかったね? それももちろん判っていてそれでもう捨てたい、と言っていた 捨てられないと判っていたから
誰かがそれを鋭く指摘して、捨てざるを得ない状況を作り出されるまではこのまんまでいいやって思っていたりしたんだって

本当に

石田さんには参っちゃうなあ 肯定されてしまったよ
綺麗でだけでは透明では到底生きていけませんね
それは絶対に他人を救わない
完璧なる自己犠牲による他人への無償の供物は、結局自分にしか向かわない
犠牲にした自己を肯定、しかしない わたしの虚栄心しか満足させない

そうそう、不純でいなくちゃいけないわけなんだ
不純で、いなくては、いけない、ということ、は

なんとも辛いもの、である
それはまず世界から逃げられなくする
そして自分から、逃げられなく、する

まだもうちょっとだけ、見えない振りをしていたかったなあ

そして、それはできたら自分で、認めたかった部分だなあ
自分で、見て見ぬ振りしてきた部分に向き合わなくてはならなかった、んだけ、ど


 
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